ここ数年の食料をめぐる国際情勢においては、これまでにない変化が顕著になってきています。世界の人口は70億人を突破し、2050年には90億人に達するといわれていますが、その牽引役である新興国では、経済発展が急速に進行する中、ライフスタイルの変化とともに、食料に対する需要が量的・質的に大きく変化しています。また、近年、国際的に環境への関心が高まる中で、トウモロコシや大豆などから製造されるバイオディーゼルやバイオエタノールなど、バイオ燃料の需要が増大していることにより、原料となる穀物の需要が増加し、食料用需要との争奪が懸念されています。さらに、地球温暖化が原因とされる世界各地での異常気象が頻発しており、今後さらに温暖化が進行すれば、大規模な気候変動や砂漠化、栽培適地の変化などが、世界の農業生産に影響を及ぼすことが危惧されています。
その一方で、農地面積には限りがあり、一気に収穫量を増やすことはなかなか難しいのが現実です。限られた農地を最大限に活用し、農作物の生産性を向上させるためには、農薬、種子及び肥料といった農業資材が今後ますます重要な役割を果たすことが明白であり、当社としても、農業生産性の向上という世界的課題解決に貢献するために、当社に強みのある農薬事業を中心とした様々な取り組みを行っています。
当社の農薬ビジネスは、総合商社の中でも長い歴史を有しており、1970年代より、日本メーカーが製造した農薬を当社グループの海外ネットワークを活用して世界各国に販売してきました。現在では、世界中の約100ヵ国に農薬を輸出し、さらには、約30ヵ国で農薬の輸入・販売事業を展開するまでになっています。
農薬の開発には膨大な費用と長い時間を要することに加え、最近では各国の認可基準が厳しくなっているため、新しい農薬が発売されるまでには10年の歳月と50億円の開発コストを要するといわれています。当社は、新しい農薬の早期市場導入に向けて、日本メーカー品を主軸として開発・販売をサポートすることに加え、これら薬剤との相乗性があるジェネリック農薬の取り扱いも行い、商品ラインナップの拡充を図っています。また、農業事情は国ごとに異なることから、地域に根ざした顧客へのきめ細かな対応を進めるため、人材の現地化も推進し、当社の与信・在庫・為替管理などのノウハウを駆使することで、顧客や仕入先メーカーから高い評価と信頼を獲得しています。このように当社では、時代や環境の変化に応えることでバリューチェーンの各ステージにおいて安定したビジネスモデルの構築を図ってきました。
そして、世界各国で行っている川上分野に近いメーカーの製品開発・販売のサポートや農薬輸入・卸売(ディストリビューション)事業といった川中分野に加え、現在当社が注力しているのが、川下の農家との直接取引を基盤とした「農業生産マルチサポート事業」の展開です。当社が農薬販売で培ってきた信頼関係をもとに、各国の有力問屋とのパートナーシップ提携を行い、農薬、種子、肥料、農業機械、土壌診断など、農家が必要とする全てをワンストップで提供し、世界の食料問題の解決に貢献しようとしています。
当社は2011年、ルーマニアの農業資材問屋Alcedo S.R.L.(アルチェド社)の買収を行い、農家と直接取引を行う「農業生産マルチサポート事業」を開始しました。ルーマニアは肥沃な穀倉地帯を持つ農業国で、小麦、トウモロコシ、ひまわり、菜種などの栽培が盛んに行われています。農地面積はEU27ヵ国中第6位の約1,400万ヘクタール、これは日本の農地面積の約3倍に相当します。しかしながら、農薬をはじめとする農業資材利用が低いことを主因として、1ヘクタール当たりの収穫量は、食料自給率121%のフランスの3分の1と極端に低く、農地の効率的な利用が遅れています。アルチェド社は、1990年に設立された同国最大の総合農業資材販売会社です。ルーマニア全土における中規模農家(企業農家も含む)をターゲットと位置付けており、その約3分の1に相当する3,500もの顧客をカバーしています。全国にアグロノミスト(農業生産技術知識を持つ販売員)を配置し、農薬・種子・肥料などのきめ細かな物流サービスを行っているほか、土壌改良のための土壌診断などの技術サービスも提供しています。さらには、傘下のグループ会社において農薬製材拠点や穀物収集サイロを保有し、農家に対する農業生産資材の提供から農作物の買い上げまで幅広いサービスをワンストップで提供することで、農家からの信頼を獲得し、ルーマニアの農業資材販売においてトップシェアを誇っています。
当社は、アルチェド社への経営参画後、同社のこれまでの強みである農業資材販売のさらなる強化に加え、農家に向けたファイナンスの提供や農作物の買い上げなどのサービスを増強する取り組みを行っています。
まず、当社の資本参加によって、アルチェド社の信用力が向上し、同社の資金力と製品提供力が強化されています。農家に対して、作付け時に必要な種子と肥料を提供し、代金は収穫後に回収するというスキームが確立し、さらにトラクターなどの農業機械も後払いでの供給を可能とするなど、ファイナンス機能が深化しています。
また、アルチェド社傘下のグループ会社では、農家に販売するトウモロコシ、ひまわりなどの種子や農家から買い取った穀物の保管のためのサイロを保有していますが、アルチェド社は、このサイロを増設し、農家からの買い取り穀物の保管能力を8,000トンから50,000トンへと拡大していく計画です。農家からの作物の買い取り枠を拡大し、買い取り量の増加に応じたより多くの農薬や肥料などの農業資材提供を行うことで、農業生産性の向上に貢献していきます。この取り組みにより、穀物の生産段階から収穫に至るまで、より密接に農家に関与することが可能となり、生育不良や収穫量不足に関する相談にのりながら、3,500軒の農家と、個別ニーズに応じた農薬や肥料の販売拡大につながる好循環を生み出しています。
このように、生産から収穫に至るまで農家との関わりを深めることで、農薬や肥料の使用履歴が把握できるトレーサビリティーが確保される効果があり、これを活用した穀物輸出に向けた取り組みを開始しています。
日本をはじめとする先進国では、食の安全・安心に対する関心が高まっており、これに合わせてトレーサビリティーが担保された食料の需要が高まっています。当社は2011年、日本向けにルーマニア産菜種のトライアル輸出を行い、日本におけるこうした安全な食料の調達先を多様化する試みにもチャレンジしました。
前述のとおり、当社とアルチェド社は常に農家の視点に立ち、農家に対する包括的なサービスの機能を高めることで、農業生産性を向上させることを目指しています。ルーマニア農業の発展のための課題解決に着実に取り組みながら、将来的には、農作物の買い上げ機能をさらに高め、穀物メジャーなどに一括販売することで、ルーマニアが穀物供給拠点として発展することに寄与することをも視野に入れています。
ルーマニアでの取り組みは、国家として抱える農業の課題から、農家の抱える諸問題に至るまで直接的に接しながら、農業の発展のための課題や農家の潜在的な需要を把握することにつながりました。今後は、この知見を活かして「農業生産マルチサポート事業」を拡大し、農地面積に対して生産性向上の余地がある他の農業新興国へと横展開させていきます。
アルチェド社運営にあたっては、その国のニーズをよりよく理解し、地域に根ざした持続的経営を目指して、買収当初から現地人材を経営トップとした運営を行ってきています。これは、真の地域貢献のために欠かせないことであると考えており、今後も各国の農業事情に則したグローバルな事業拡大を実現すると同時に、世界的課題である食料問題への解決策の一助となるべく挑戦していきます。