私は、会社経営の方針がぶれることなく、全役職員がその方針を共有し、安心して業務に専念できる状態を「安定した経営」と考えています。そのためには、「見識と胆識を持った経営陣」、「優秀な従業員を育成するメカニズム」、「揺るぎないリスクマネジメントシステム」、そして、「強固な財務基盤」が必要であり、それらが融合したときに生み出されるものが、持続的に成長する事業基盤であると考えています。
私が担当している「リスクマネジメントシステム」について説明しますと、住友商事はリスクマネジメントを個別要素としてだけではなく、企業価値の極大化のためのベースツールとして、経営管理の最高レベルに位置づけています。ビジネスでは、リスクを取ってリターンを得ることが基本ですが、総合商社のビジネスは分野も地域も多岐にわたっており、リスクも実に多様です。このリスクをどうハンドルするかは非常に難しいのですが、その巧拙が持続的な企業価値創造に大きく影響します。
当社は早くからリスクマネジメントを経営管理に深く組み込んでおり、その後も他社に先駆けて「取ったリスクに対してどの程度のリターンをあげているか」という収益性を見る全社共通のモノサシ「リスク・リターン*」を導入するなど、事業環境の変化に応じてリスクマネジメントシステムの高度化に取り組んでいます(リスクマネジメントの詳細についてはこちらをご参照ください)。
もう一つの重要な要素として「強固な財務基盤」があります。欧州債務危機などによって、金融環境は不安定になる可能性もあり、財務の安全性を確保することが重要であると考えています。財務の安全性とは、優良な資金調達先を確保し、低廉な長期性資金を手当てできる体制を整えるとともに、万が一の借り換えリスクに備え、現預金やコミットメントラインなどの流動性を確保しておくことです。
これらの要素が効果的に構築されているときに「安定した経営」が生み出され、その先に「収益の拡大」があると認識しています。
*リスク・リターン=純利益/リスクアセット(最大損失可能性額)
一定の「リスク」に対して、どの程度の「リターン」をあげているかという収益性を見る指標。具体的には、資産額に各資産価値の最大下落率を意味する「リスクウェイト」を掛けて、最大損失可能性額である「リスクアセット」を計測します。
住友商事を取り巻く事業環境は大きく変化しています。例えば、経済成長の中心が先進国から新興国へ変化することに伴い、今後、新興国において、インフラや食糧などの需要がますます増大することが予想されます。また、産業構造の変化に伴い、国内産業の再編や海外展開の本格化も見込まれます。こうした外部環境の変化に伴い、当社の事業機会も変化していきますので、ƒ(x)では時代が求める「ビジネスモデルへの高度化・転換」に取り組んでいます。
現在、そして将来を見据えると、やはり新興国の成長性が相対的に高いといえます。新興国には主に2つの事業機会があると私は考えていますが、1つは、様々な資源や生産物を消費国に提供するという「生産・輸出の基地」としてのビジネスチャンス。そしてもう1つは、高い経済成長や人口増加を背景とした「内需」というチャンスです。一方で、新興国でのビジネスが拡大するということは、カントリーリスクなどのリスクも格段に高まります。
新興国に様々な事業機会があるとはいうものの当社の経営資源は限られていますので、リスク・リターンやROAやIRRなどの尺度で投資判断を行います。しかし、例え高い収益が見込めても、特定の新興国ビジネスに経営資源を集中投下すると、万が一リスクが顕在化した場合に多大な損失を被ることになるので、「分野・地域をどこまで集中させないか」という観点でポートフォリオマネジメントがますます重要になっており、分野・地域ともバランスの取れたポートフォリオを維持しています。
また、その時々の金融環境を考慮しながら、流動性の確保、適正DER(DebtEquity Ratio=負債比率)、そして総資産額の規模といった視点からバランスシートを管理する「バランスシートマネジメント」も重要です。足下では、欧州債務危機が長引くことで金融システムが不安定になる可能性もあるため、住友商事は、連結総資産額約7兆2,000億円の9分の1にあたる8,000億円を超える現預金や、緊急時に資金を調達できるコミットメントラインを保有しており、高い流動性を確保しています。
さらに、経営計画に沿った利益を積み上げることによって、株主資本の拡充を図ると同時に、リスクアセットを株主資本の範囲内に抑える「リスクアセットマネジメント」も重要と考えています。
このように、ƒ(x)では、「リスクアセットマネジメント」「ポートフォリオマネジメント」「バランスシートマネジメント」が特に重要であると捉え、これに「人材マネジメント」を加えた戦略的なリソースマネジメントを加速することをキーアクションの一つに掲げています。
住友商事にとってリスクマネジメントは、「安定した経営」を持続するための基盤となるツールです。優れたリスクマネジメントシステムがあるからこそ、営業部門は安心して事業のアクセルを踏み込めるものと私は捉えています。そういう意味においてリスクマネジメントは、今後もその考え方や枠組みなど根幹部分は変えることなく、事業環境や経営ステージの変化によって高度化・進化させたり、マネジメントの方法に「アクセントづけ」していくことが重要と考えています。
私はCFOとして、これまで同様「資金調達構造と親和した最適なポートフォリオ」の実現に絶えず力を注ぎます。資金調達には自律が必要ですので、その範囲内でリソースマネジメントの考えに沿って資産の入れ替えを進めて行きます。現在も3ヵ月に1度、社長・部門長戦略会議が行われていますが、その際に事業部門サイドの声をよく聞きながら、バランスシートの右側の責任者である私は「できる限り実行させたい、しかし、やはり会社には限度がある」ということをしっかりと伝える、といったコミュニケーションを展開しています。
最後に、今後のリスクマネジメントの「アクセントづけ」について少しお話ししますと、ƒ(x)では「戦略的なリソースマネジメント」に注力していますが、その後には「キャッシュ・フローマネジメント」がテーマになると考えています。キャッシュ・フローマネジメントとは、会社方針・戦略に沿ってキャッシュ・フローを自らコントロールしていくことであり、事業計画どおりにキャッシュを創出する力が何よりも重要になっていくと認識しています。