グローバル事例

日本の農業を未来につなぐ。
先端農業技術パッケージ化への取り組み

広報パーソン探訪記

報道チーム深田 麻衣

金属事業部門とメディア・デジタル事業部門および国内関連の報道業務と、事業紹介動画を担当。5年前に訪れたニューヨークのブロードウェイでミュージカルにはまり、来日公演があるとほぼ全て見に行くほか、金曜日の夜、少し高価なアイスを食べながらミュージカル映画を見るのが毎週の楽しみ。

住友商事は、2018年8月、みやぎ登米(とめ)農業協同組合(JAみやぎ登米)と、JAみやぎ登米管内における先端農業に関する戦略的提携を締結した。これは、住友商事が発掘した農業関連の先端技術をJAみやぎ登米に導入し、地域の農業に適応し、役立つかを検証するものだ。第1弾として、農業用ドローンの設計・開発・製造・販売などを手掛けるナイルワークスの農業用ドローンを用いた農薬散布・生育診断に関する実証を開始。後継者不足によりノウハウ断絶が危惧される日本の農業を、未来につなぐ取り組みが始まっている。筆者は、8月20日に宮城県登米市で開催された、戦略的提携についてのメディア向け説明会と、ナイルワークス製ドローンの飛行見学会に同行した。

ナイルワークス製ドローンで可能になる、1株ごとの生育管理

住友商事がナイルワークスに出資したのは2017年10月。出資の決め手は、圧倒的な技術力だった。ドローンは、穂先30センチメートルを決められたルートに沿って飛行する。その間、機体に搭載されたAIが1株ごとに生育診断を行い、光合成の状況や登熟(とうじゅく)(※)具合によって、必要な量の農薬をそれぞれの稲穂に散布。さらに、1株ごとの穂の数ともみの数をカウントし、田んぼ全体の収量予想を瞬時に割り出す。ここまでが全自動で行われる。ドローンの飛行速度は秒速5.5メートルで、実際に見てみると想像より速く、従来90分かかっていた1ヘクタールへの散布が10分で完了する。思いの外、速く飛んでいるにも関わらず、農薬がドローンの真下の稲に向かってきれいに落ちていくのが印象的だった。今年、2軒の農家での実証を経て、19年からJAみやぎ登米管内で本格的に導入予定だ。

※登熟:穀物の種子が発育・成熟すること。

生育診断の画面。タブレット端末で登熟具合や田んぼの収量予想を確認できる
逆回転するプロペラを上下に配置して真下への気流を生み出し、農薬の飛散を防いでいる

地域の農業の変化に合わせ、新技術を取り入れるJAみやぎ登米

JAみやぎ登米の管内は、古くから稲作と畜産が盛んな地域だ。農薬や化学肥料の使用を抑えた「環境保全米」の発祥地であるほか、地域で飼育されている仙台牛の堆肥を肥料として稲作を行い、稲作で発生したわらを牛の飼料にする、循環型農業にも先進的に取り組んでいる。説明会で、JAみやぎ登米の榊原勇組合長は「先端技術の導入はJAみやぎ登米にとって初めての試みとなりますが、地域の農業や、地域に住む人々の暮らしを守っていくことが農協の使命だと考えています。地域農業の変化を捉えながら、農作業の効率化や農家の所得向上につながる取り組みを行っていきたいです」と説明。また、JAみやぎ登米の武山智幸氏は、「近年、猛暑や台風などの天候不順が増え、お米の品質にブレが生じやすくなっています。これまでは農家の経験や勘を元に米作りをしてきましたが、それらに加えて、数字やデータを活用した生育管理ができれば、非常に精度の高い米づくりができると考えています。また、データによる生育管理は、新規の就農者でも導入しやすく、地域コミュニティの形成にも役立つのではないかと思います」と先端農業の導入に期待を寄せる。 

稲作で発生したわらを食べて育つ仙台牛。市場に出回る仙台牛の約4割は登米市産
「赤とんぼが乱舞する産地を目指す」を合言葉に環境保全米の栽培を推進するJAみやぎ登米。現在、管内の約9割の耕作地で環境保全米が栽培されている

現場の声を聞き、新しい仕組みを創る

日本の就農者の平均年齢は65歳を超え、後継者不足により農業人口は減少している。また、農地の集約により農家の大規模化が進むなど、日本の農業を取り巻く環境は大きく変化しており、過去から培ってきた米作りのノウハウ断絶も危惧されている。

今後、住友商事とJAみやぎ登米は、ナイルワークスのドローン導入に続き、センサーを活用した水位管理についても本格的に実証を開始する予定だ。住友商事は、将来的には、ドローンや水位センサーに加え、農機の効率運用や農業経営の見える化を実現するデータ管理システムなどの先端技術を、地域の農業に適した形で組み合わせ、パッケージとして提案することを目指す。

「商社は、技術や製品を持たないが、技術の進歩を加速させることはできる」と担当するアグリサイエンス部の田中克憲は言う。田中が半年間で登米市を訪れた日数は数十日に上る。現場に足を運び、実状と課題を把握し、技術やパートナーを有機的につなぎ合わせることで、新しい仕組みを創り上げる。商社だからこそ提供できる機能を発揮しながら、日本の「農業を変える、創っていく」取り組みが、現実に動き始めている。

本プロジェクトに携わるメンバー。「農業を変える、創っていく」を合言葉に、住友商事東北を含む“オール住商”体制で取り組む
メディア向け説明会には、11社15名のメディア関係者が参加。JAみやぎ登米のマスコットキャラクター「みやとめさん」も登場した

(おまけ)広報パーソングルメ探訪記

登米市に古くから伝わる郷土料理に、「はっと汁」がある。醤油ベースの出汁に、小麦を練って茹でた「はっと」と油麩が入っている料理である。レシピを見る限り作り方は非常にシンプルだが、なぜか後を引く、くせになるおいしさがある。米どころで小麦の料理という点を不思議に思ったが、江戸時代、お米を年貢に取られてしまい食べられなかった農民が、小麦を使った汁物を作ったのが始まりだそうだ。「はっと汁」という名前の由来は諸説あり、この料理があまりにもおいしく、農民が米ではなく小麦を作ってしまうと危惧した領主が、食べることを「ご法度」にしたことから「はっと汁」という名前になった、という説もある。8月20日の説明会では、JAみやぎ登米の職員手作りのはっと汁が、マスコミ参加者や関係者に振る舞われた。初めて食べたはっと汁は、ほっとするような優しい味であり、数十人の老若男女が会議室ではっと汁をすすっているのは、どことなくほっこりする風景だった。

振る舞われたはっと汁。家庭やお店によって具や味付けはさまざま
JAみやぎ登米の武山氏(右)と住友商事の田中。事業紹介動画の撮影のため、おにぎりを並んで食べる2人

「本格始動する、先端農業」
事業紹介編

(3分55秒)

「本格始動する、先端農業」
インタビュー編

(5分39秒)


2018年10月掲載

キーワード

  • 日本
  • 化学品

関連する事例

Top