多様化するリスクに効果的に対処するため、住友商事のリスクマネジメントは、かつての「損失発生防止」を目的としたミクロ的な管理を中心とした手法から、「企業価値の極大化」を目的とするマクロ的な管理に軸足を移し、フレームワークを構築してきました。このフレームワークは、経営資源を効率よく運用するための重要なサポート機能を果たしており、経営計画とも深くリンクしています。
当社においては「リスク」を、「あらかじめ予測しもしくは予測していない事態の発生により損失を被る可能性」及び「事業活動から得られるリターンが予想から外れる可能性」と定義し、以下3点をリスクマネジメントの目的としています。
当社はリスクを、計量化できる「計測可能リスク」と計量化困難な「計測不能リスク」に大別して管理しています。「計測可能リスク」は「価値創造リスク」、すなわち「リターンを得るためにとるリスク」であり、リスク量を体力の範囲内に収め、リスクに対するリターンを極大化することを基本方針としています。一方、「計測不能リスク」は「価値破壊リスク」、すなわち「ロスしか生まないリスク」であり、発生を回避する、もしくは発生確率を極小化するための枠組みづくりに注力しています。
投資案件は、いったん実施すると撤退の判断が難しく、撤退した場合の損失のインパクトが大きくなりがちです。このため、投資の入り口から出口まで一貫した管理を行っています。投資の入り口では、当社の資本コストをもとに「ハードルレート」を上回る案件を厳選しています。特に、大型・重要案件については、投融資委員会において、案件取り進めの可否を十分に検討します。また、投資実施後においても、特に重要案件については投融資委員会のもとでモニタリングを行い、業績改善などのために必要な施策の立案・実行をサポートしています。さらに、投資実施後に一定期間を経過してもパフォーマンスが所定の基準を満たさない場合は撤退候補先とする、「EXITルール」を定めています。
当社は、取引先に対し、売掛債権、前渡金、貸付金、保証その他の形で信用供与を行っており、信用リスクを負っています。当社は取引先の信用リスク管理に、当社独自の信用格付であるSumisho Credit Rating(以下、SCR)を用いています。このSCRでは、取引先の信用力に応じて合計9段階に格付けし、格付に応じて与信枠設定の決裁権限を定めています。また、取引先の与信枠を定期的に見直し、信用エクスポージャーを当該枠内で適切に管理しているほか、取引先の信用評価を継続的に実施し、必要な場合には担保取得などの保全措置も講じています。
市況商品・金融商品の取引については、契約残高に限度枠を設定するとともに、半期損失限度枠を設定し、潜在損失額(VaR(Value at Risk=潜在リスクの推定値)、もしくは期間損益が赤字の場合はVaRと当該赤字額の合計額)が、損失限度枠内に収まっているか常時モニターしています。さらに、流動性が低下して手仕舞などが困難になるリスクに備え、各商品について先物市場ごとに流動性リスク管理も行っています。また、取引の確認や受け渡し・決済、残高照合を行うバックオフィス業務や、損益やポジションを管理・モニターするミドルオフィス業務をフィナンシャル・リソーシズグループが担当し、取引を執行するフロントオフィスと完全分離することで、内部牽制を徹底しています。
グローバルかつ多様な事業分野においてビジネスを推進している総合商社では、特定のリスクファクターに過度な集中が生じないように管理する必要があります。当社では、特定の国・地域に対するリスクエクスポージャーの過度な集中を防ぐために、カントリーリスク管理制度を設けています。また、特定分野への過度な集中を避け、バランスの取れた事業ポートフォリオを構築するために、社長と事業部門長とで行われる戦略会議や大型・重要案件の審議機関である投融資委員会において、事業部門やビジネスラインへ配分するリスクアセット額について十分なディスカッションを行っています。
訴訟などのリーガルリスク、事務処理ミスや不正行為などのオペレーショナルリスク、自然災害といった計測不能リスクは、リスクを負担してもリターンは全くありません。中には、発生頻度は低いものの、発生すれば経営に甚大な影響を及ぼしかねないものもあります。当社では、このような計測不能リスクの発生そのものを回避、もしくは発生する確率を極小化することをリスクマネジメントの基本方針としています。具体的には、内部統制委員会を中心とした全社的な内部統制強化に向けた取り組みや、事業部門・国内外の地域組織によるそれぞれのビジネス特性に応じた独自の内部統制活動を通して、グローバル連結ベースでの計測不能リスクに関するモニタリングも定期的に実施しています。そして、その結果を踏まえた組織体制や業務フローの見直しを行うことを通じて、「業務品質」の継続的な向上を図っています。
当社は、多様化したリスクに対して可能な限りのリスクマネジメント・フレームワークを整えてはいますが、ビジネスに伴う損失を完全に防ぐことはできません。万が一、損失事態が発生してしまった場合にはできるだけ早期に発見可能な体制を整えること、発見後は直ちに関係情報を収集・分析し、迅速かつ適切に対応するとともに、当該情報をマネジメント層・関係部署が共有することにより、損失の累増や二次損失の発生を抑止することに努めています。また、さまざまな損失事態情報を損失発生データベースにて集中管理するとともに、損失発生の原因を体系的に分析したうえで、各種研修やさまざまな教材の作成・配布を通じてビジネスの現場にフィードバックすることで、一人ひとりのリスク管理能力のレベルアップを図り、同様の損失事態の再発を極力防止する仕組みを構築しています。
当社は、外部環境の変化に先んじた効果的なリスクマネジメントを実践するため、最先端の手法や枠組みを積極的に研究・導入することによって、現在のリスクマネジメントのフレームワークをつくってきました。しかし、外部環境は依然激しく変化し、これまで想定しなかった新しいビジネスモデルが日々提案されています。このような状況に適時適切に対応するために、当社のリスクマネジメントは経営トップの主導のもと、進化を続けています。
当社では、情報セキュリティの維持・向上を図るため、機密漏洩リスクへの対応、並びに2005年4月に全面施行された個人情報保護法への対応を目的とした、社内規則・マニュアルの整備や社内教育、啓発活動などを通じ、情報管理体制の一層の強化に取り組んでいます。
当社は長年にわたりリスク・リターンを用いた経営改革を行ってきており、厳しい環境下でも安定した業績と財務体質を維持できる経営基盤を構築しています。ここでは、当社の経営のバックボーンとなっているリスク・リターン経営について紹介します。
1980年代前半までは、当社を含む総合商社は、トレードの仲介を主なビジネスとしていましたが、80年代後半以降、商社金融に対するニーズが低下したことや、円高に伴う製造業の海外移転が進んだことなどから、新規事業や海外での投融資を急増させました。
1990年代に入ってからは、こうしたビジネスの多様化に加えて、さまざまな環境の変化が起きました。90年代前半のバブル経済の崩壊により株価や不動産価格が暴落し、1997年のアジア通貨危機により多くのプロジェクトで問題が発生しました。これらの影響に加え、当社では、1996年に銅地金に関わる不正取引が発生し、株主資本が大きく毀損したことから、収益性と財務体質の改善が急務となりました。
しかしながら、各事業部門のビジネスのフィールド・形態は多岐にわたり、当期利益だけで一律に評価するのは難しく、限りある経営資源を適正に配分していくためには、投入した経営資源に対する収益性を評価するための「全社共通のモノサシ」が必要となっていました。
ビジネスは「リスクを取って相応のリターンを得る」ことが基本であることから、1998年秋、当社は他社に先駆けて、一定の「リスク」に対して、どの程度の「リターン」を上げているかという収益性を見る指標として、「リスク・リターン」を導入することとしました。
具体的には、資産額に各資産価格の最大損失率を意味する「リスクウェイト」を掛けて、リスクが現実となったときに被る最大の損失可能性額である「リスクアセット」を計測します。
また、このリスクアセットを分母として、個々のビジネスが生む純利益を分子とすることで、ビジネスごとや会社全体の収益性を計算することができるようになりました。
リスク・リターンの考え方は、経営指標として導入以降、全社の普遍的な目標を達成するためのツールとして大きな役割を果たしています。
経営の安定性を確保するという観点で、最大損失可能性額であるリスクアセットを、リスクバッファーである株主資本の範囲内に収めることにより、過大なリスクを持たないことを経営の基本としています。これは、リスクが一挙に顕在化した場合でも、株主資本によりその損失が吸収可能であることを表しています。
加えて、収益力を確保するという観点で、リスクに対するリターンが投資家から期待される株主資本コストを上回ること、すなわちリスク・リターン7.5%を全社で最低限クリアしなければならない基準としています。また、個々のビジネスにおいてもリスク・リターン7.5%は事業の選別を行う基準となっています。