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2025.1.15
Business
住商×西鉄が挑むレトロフィットEVバス 開発担当者が語る熱い思い

2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、EVバスの導入が進むバス業界。しかし、製造コストや充電インフラなど、EVバスの普及には多くの課題も存在しています。住友商事(以下、住商)グループは、これらの課題解決に向けて、福岡市の西日本鉄道(以下、西鉄)グループとともに、車齢10年を超えたディーゼルバスをEVバスとして再活用する「レトロフィット(※)EVバス」事業に取り組んでいます。プロジェクトを推進してきた商用車事業ユニットの山本正樹に、事業への思いと、「レトロフィットEVバス」が開く日本のバス業界の未来について聞きました。
※既存の機械・設備などに新しい技術や部品を追加して、機能や性能を向上させたり、用途を変えたりすること
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商用車事業ユニット
山本 正樹
2002年入社。化学品部門で電子材料・化粧品事業等を担当後、17年から自動車部隊に異動し、EV・バッテリー関連事業に従事。20年から福岡で新規事業開発に従事し、レトロフィットEVバス事業を立ち上げる。24年5月から住友商事パワー&モビリティに兼務出向し、プロジェクトリーダーとして国内外の地域組織メンバーとともに本事業の拡大に取り組む。化学品担当時代に台湾駐在経験あり。
低コストで、脱炭素・循環経済を創出。コロナ禍に走り出した「レトロフィットEVバス」
近年、「レトロフィットEVバス」は業界でも注目されているようですが、そもそもなぜ住商が、福岡という地で本プロジェクトを始めたのでしょうか。
発端は2020年1月。住友商事九州につくられた「九州モビリティサービス開発事業部」、通称「モビQ」と呼ばれる、モビリティ領域における新規ビジネス開発部隊のプロジェクトから始まりました。
モビQに与えられたミッションは、「自社の利益だけを追求するのではなく、マーケットに求められるものを創ること」。「何をやってもいい。発想を変えて、新しいものを創り出せ」と、従来の発想にとらわれず、自由に、柔軟に動くことを意識していました。新規事業に取り組むには、元気がある地方都市・福岡というのも適していたように思います。
僕は福岡に来る前、EVのバスメーカーを中心にバッテリーのビジネスを手掛けていましたが、その頃から福岡には約2,600台という全国最大規模のバス保有台数を誇る「西鉄グループ」があることを認識していました。当時、カーボンニュートラルに対する意識は社会全体で見ると今ほど強くなかったものの、バス業界では強まっていたように思います。排気ガスによるCO2の削減、そのためのEV化を進めなければ、と。そうして自分のバックグラウンドと事業の社会性、「西鉄と一緒に事業をやりたい」という思いが結びついた結果、「レトロフィットEVバス」のプロジェクトが始まりました。

西鉄との交渉はスムーズに進んだのでしょうか。
最初のうちは苦戦しました。もともと西鉄には既に改造EVバスが1台、試験導入されていたんですが、1億円近いコストがかかったにもかかわらず、1回の充電で五十数kmしか走れなかったようで……。こうした前例から、EVバスに対して導入をためらう姿勢が強かったんですね。
他の提案を模索しながら西鉄へのアプローチを続けていましたが、コロナ禍で交通事業者が大打撃を受け、西鉄も新規投資より既存バスの寿命延長に注力するようになりました。しかし、既存のバスの部品交換には1台あたり約1,000万円かかってしまう。それならば「同じくらいの経費でEV化できないだろうか」という話になったんです。

追い風になったのが、世界的な脱炭素の流れでした。バイデン政権のカーボンニュートラル政策を機に、国内でも2030年と2050年の目標が定められ、環境対応が加速。さらにプライム市場の誕生により、TCFD提言(※)に基づく情報開示が義務化され、企業には環境問題への対応が求められるようになりました。
西鉄グループのCO2排出量の半分を占めるバス事業への危機感が高まる中、粘り強く提案を続けた結果、「同じくらいの経費でEV化できないだろうか」という前向きな話が西鉄内で生まれたようで。すぐさま具体的な解決案を提示したんです。これまで築いてきた信頼関係によって、努力が報われた瞬間だと感じましたね。やはり、チャンスは諦めずに挑戦し続ける者のところに訪れるんだと実感しました。
※気候関連財務情報開示タスクフォース
世界的な脱炭素の流れが「EV化」への道を開き、コロナ禍の苦境において「レトロフィット」の有用性が認められたということですね。
はい。EVバスの新車は、中国製で5,000万円、国産だと7,000万円近い金額で、国の補助金を活用しても1台導入するのに3,000万円以上かかります。レトロフィットEVバスなら、国の補助金を活用すると新車価格のおよそ3分の1でEV化できるため、コスト面でのメリットがとても大きいんです。
改造のみで運転席周りの装置が変わらないため、運転手が新たな操作を覚える必要がなく、ストレス軽減や安全性向上にもつながります。

バス事業者の課題、台湾企業の狙い、住商のミッション。それぞれの「思い」が合わさった奇跡的な座組み
この事業では、住商と西鉄だけでなく、西鉄車体技術、そして19年から住商が出資している台湾のEVバストップメーカーRACが、重要な役割を担われていますね。
西鉄車体技術はバスの改造・修理を手掛け、かつては製造も行っていました。一方、RACは台湾でEVバスの開発・販売を行い、台湾政府補助金認証を得た唯一の台湾企業として、路線バスの全面EV化を進めています。さらに、使用済みバッテリーの再利用などグリーンビジネスも展開している企業です。
僕は、台湾住商に5年ほど赴任したことがあり、台湾は僕にとって「第2のふるさと」なんです。当時はRACとのつながりはなかったんですが、日本に戻ってからバッテリーの顧客として付き合いが始まりました。そのRACに住商が出資してEVキットを提供してもらい、僕は福岡で西鉄にEVバスビジネスを提案する……「縁」を感じますね。
EVバスメーカーであるRACは、なぜ住商に「バスを売る」のではなく「EVキットを提供する」ことになったのでしょうか。
日本のバスは、世界基準から見ると特殊なんです。右ハンドルで、サイズも違う。日本の仕様に合うバスを一から開発するには、相当な時間と経費がかかります。そこまでして自社ブランドを売るのではなく、「各国のパートナーと組んで自分たちの技術をシステム売りする」というのがRACの海外展開方針でした。
「低コストでバスをEV化する」という西鉄の課題、「自分たちの技術で海外展開したい」というRACの思い、「新たな事業でモビリティ分野の社会課題解決を」という住友商事のミッション。レトロフィットEVバス事業は、それぞれの思いがぴったり重なり合って実現しました。

住商がつなぎ手となり、ともに「新しい世界」を目指す
心強い座組みがあるとはいえ、初めての試みに困難も大きかったのではないでしょうか。
バスの製造は簡単ではなく、台湾の部品を日本で使うには法令基準をクリアする必要があり、車内スペースの確保も課題でした。さらに、コロナ禍で台湾とのやりとりがリモート中心となり、事業の展望が見えず一度中止を申し入れたこともありました。 ところが、「これは西鉄がやらなければいけない事業です。一緒に乗り越えましょう!」と、逆に励まされて。同社の強い使命感は、「安全、信頼の向上」を重視する企業理念に基づいていると思います。その言葉に背中を押され、自分が事業を前に進める責任を再認識し、覚悟を決めました。今こうしてEVバスが形になったのも、西鉄のサポートと信頼のおかげであり、ともに挑戦できたことを誇りに思います。

西鉄側を本気にさせたのは、この事業の可能性への期待に加えて、全国最大規模のバス会社としての使命感もあったのでしょうか。
そうですね。同じく西鉄車体技術も使命感と意識の高さを持ち、無理なお願いにも時に激論を交わしながら見事に応えてくださいました。親会社の西鉄と技術面を担う西鉄車体技術が互いにリスペクトし合い、一体となって事業を進める姿には感心させられました。
修理・改造って、油まみれになりながら行う作業で、日の目を見ることはあまりありません。でも、現場で働くみなさんは、もちろんご自身の仕事に誇りを持っています。西鉄車体技術の方は、今回のプロジェクトについて、「古いバスをよみがえらせて、脱炭素、資源循環に貢献しているんだ」と家族に話されたそうです。住商だけでなく、他社のチームメンバーにも「家族に誇れる仕事」と思っていただけたことが素直にうれしいですね。西鉄グループと組んだからこそ、ここまで来ることができた。それは間違いありません。

このプロジェクトは、社内外の多くのサポーターに支えられたことで、会社の枠を超えた一体感が育まれていきました。僕ら商社は、基本的に人と人、企業と企業を「つなぐ」役割しかできません。ですが、RACにも、西鉄にも「住友商事と一緒にビジネスをしてよかった」と思ってほしかったんです。
僕らはどうしても「いつか東京に帰る人間」として見られがちです。でも、東京の住友商事の物差しでやっているのではなく、あくまで福岡の基準で向き合い、「福岡に残る仕事」をしていく。それが結果的に、住商への信頼にもつながったと思っています。
福岡の実証成果を全国へ。住商率いるチームジャパンでバスEV化推進の流れを
レトロフィットEVバスに対して、バス業界からの反応はいかがですか。
最初はあまり期待されていなかったように思いますが、22年にRACで改造したバスが日本で走り出し、次に、西鉄車体技術で組み立てた国産車両が走り出し、さらに数十台……と増えるに連れて、見る目が変わってきた気がします。
とはいえ、地方のバス会社の経営環境は、依然厳しいまま。運転手不足の対策に追われ、「EV化どころではない」と言われるかもしれません。ですが、脱炭素はバス事業者における共通の課題です。地方の足を守るためにも、将来へ向けて、まずは1台、試していただきたいですね。


住商としては今後、どのように事業展開されていく予定でしょうか。展望をお聞かせください。
日本には約3万台の大型路線バスがありますが、EVバスはわずか300台ほど(2024年12月時点)。レトロフィットを活用し、住商を中心としたチームジャパンで脱炭素を進め、バス事業者や製造会社を巻き込み、業界全体でEV化を進める流れをつくりたいと考えています。
福岡で構築したスキームを他地域へ展開し、第2・第3のパートナーをつくることが次の目標。同時に、西鉄グループとのパートナーシップも強化していきたいです。また、EVバスの普及に伴い、バッテリーの二次利用やエネルギーマネジメントなど、将来の新しいビジネスにもつなげたいと考えています。実証を始めてから約3年。今は新しい市場の可能性に、手応えを感じているところですね。
