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2026.3.16
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「人生の質」を高めるための効率化。デンマーク駐在で、働き方はどう変わった?
国連などによる「幸福度ランキング(2025年版)」で世界2位にランクインしたデンマーク。さらにIMD(国際経営開発研究所)による「ビジネス効率性ランキング」では4位、「デジタル競争力ランキング」でも5位と、幸福度と国際競争力を両立する国として高く評価されています。人口約600万人の小国でありながら、なぜデンマークはこれほどの成果を生み出せるのでしょうか? 今回は、デンマーク駐在を経験した2人の社員に話を聞き、生産的かつ幸福な働き方のヒントを探ります。
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欧州住友商事 船舶事業部/水素事業部
加藤 圭
2009年入社。船舶事業第二部に配属され、国内船主や海運会社向けの船の販売を担当。16年に欧州住商(ロンドン)に異動、翌17年にオランダにある船舶保有の事業会社Triton Navigationに出向。18年半ばに帰任。21年に住商のEII/水素事業部へ異動し、欧州の水素プロジェクト開発やアンモニアを中心とした船舶次世代燃料を担当。22年にデンマークのマースクゼロカーボンシッピング研究所へ出向。船舶の次世代燃料に関するグリーンコリドー等を担当。25年7月より欧州住商へ。船舶では洋上風力支援船や重量物運搬船を中心とした次世代船舶への新規投資、EIIでは水素・アンモニア・バイオ関連のプロジェクト開発案件を主に担当。
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水素事業ユニット
小坂 祐治
2014年入社。初期配属は無機化学品部で、主に無機化学品の輸入販売業務に従事。20年に水素事業部の発足に伴い同部へ異動し、豪州における開発案件を担当。21年に欧州住友商事エネルギー部へ異動しロンドンへ赴任、欧州域内の水素関連プロジェクトの開発業務を担当。24年からマースクゼロカーボンシッピング研究所へ出向し、Economics & Transition Finance teamに所属。船舶次世代燃料に関連する調査研究プロジェクト、および海運業界の脱炭素関連規制・政策実現に向けたプロジェクトに従事。
仕事は「幸福」の手段。デンマーク社会の根底にあるもの
まず、加藤さんが25年7月まで出向され、現在は小坂さんが出向されている「マースクゼロカーボンシッピング研究所」について教えてください。
加藤マースクゼロカーボンシッピング研究所(以下、マースク研究所)は、デンマーク・コペンハーゲンに拠点を置く、海運業界の脱炭素化を目指す独立系研究開発センターです。持続可能な船舶燃料や新技術の開発支援、政策提言、データ分析、業界・学術・政府との連携プロジェクトなど、多岐にわたる活動を行っています。
小坂現在は160名ほどが在籍しており、約3分の1がデンマーク人、残りは欧州各国を中心に、米国、日本、南米など30カ国以上の国籍のメンバーで構成されています。私たちのような「戦略的パートナー」と呼ばれる参画企業からの出向者を含め、海運や資源・エネルギー関連など、業種もバックグラウンドも異なる多様な人材が集まっている組織です。
デンマークの人々が働くうえで大切にしている価値観や、その社会背景について教えてください。
加藤デンマークでは「いかに幸福な人生を送るか」という価値観が根底にあり、仕事はそのための手段として位置づけられています。仕事やキャリアを通じた自己実現も大切ですが、それ以上に、家族と過ごす時間が幸福に直結するものとして重視されている印象です。その時間を確保するために、組織全体で効率を最優先し、非効率な慣習を徹底的に減らしていく働き方が浸透しています。
小坂そうした価値観が、社会制度の面からもしっかり支えられています。デンマークでは、大学や大学院を含む高等教育の学費が原則無料で、返済不要の給付金(※)を受け取りながら学べます。学部卒では就職が難しいため、より高度な専門性を身につけるために大学院へ進学し、博士号取得後に就職する人が多いです。
※例えば、20歳以上で一人暮らしの場合は7,426デンマーク・クローネ/月が支給される(2026年現在)
職場環境については、どんな特徴があるのでしょうか?
加藤まず、教育や育成に対する考え方が、日本とは大きく異なります。時間をかけて人を育てるという発想はなく、あくまで即戦力として専門性を発揮できる人材を採用します。必要なプロジェクトに、必要な専門性を持つ人がアサインされ、その役割を担えるスキルを備えた人が採用される。そうしたプロフェッショナルが専門性を発揮しながら、効率的にプロジェクトを進め、短時間で最大限の成果を出す仕組みが整っています。日本で言う「三遊間のボールを拾う」ような動きは評価されにくく、むしろ役割を逸脱した行為と受け取られる場合もあります。
小坂ジョブ型雇用が徹底され、失業保険制度も充実していることから、人材の流動性が高い点も特徴ですね。転職を前提とした働き方が一般的で、その時々の労働市場で求められるスキルを磨き、どの企業でも価値を生み出せる人材であることに意識が向きやすい環境だと感じます。一方で、専門性を維持し続けなければ解雇される可能性もあるため、学習やスキル獲得への姿勢は非常にシビアです。業務外の時間を専門性を磨くための学習に充てている人も少なくありません。
加藤日常的にプロセスよりもアウトプットや成果が重視され、自分の考えや動きを形にすることが求められる環境ですよね。成果さえ出していれば、働く時間や場所の選択、AIを使うかどうかといった手段についても、個人の裁量に委ねられています。私自身、担当していたプロジェクトを豪州の大規模なカンファレンスで発表する機会があり、資料準備から当日のプレゼンまで、ほぼすべてを任された経験があります。大きな責任を背負うプレッシャーはありましたが、その分達成感も大きく、自信につながりました。
16時退社は当たり前。パフォーマンスを高めるためのさまざまな仕組み
お二人が実際にマースク研究所で働く中で、印象的だった働き方や職場文化について教えてください。
加藤勤務時間の感覚は、日本と大きく異なりました。朝8時前後に出社し、15時頃から帰り始め、16時にはほとんど人がいなくなります。「仕事は16時に終わらせるもの」という明確なタイムリミットがあることが大きな意味を持ち 、限られた時間の中でいかに価値を生み出すかを追求する。その結果として、生産性が高まりやすいのだと感じました。また、上下関係はフラットで、ネガティブな情報も含めてオープンに共有し、素早く課題解決を図る文化があります。
小坂「時間は投資であり、限られた資源である」という意識が徹底されています。会議は30分が基本で、長くても45分。アジェンダが事前に共有され、各自が考えるべきことを整理したうえで臨みます。準備不足のまま会議に出ること自体が非効率であり、プロフェッショナルではないという評価につながるからです。参加者は必要最低限に絞られ、発言の必要がない人は出席せず、議事録を共有してもらうのが基本です。
また、情報共有や進捗報告のためだけの定例会議は基本的に設けません。各自が自分の役割を果たし、パフォーマンスを発揮していれば、形式的な報告は不要だという考え方が根づいています。このように、会議の目的が限定されているからこそ、30分という短い時間でも十分に機能するのだと思います。
加藤マースク研究所では、「木曜日は社内会議を入れない」というルールも印象的でした。会議が立て続けに入ると、考える時間が削られてしまいますよね。そこで木曜日を「ゼロミーティングデー」とし、会議室も社内会議には使えないようになっていました。その分、木曜日は基本的に出社し、資料作成や周囲との対話を通して、思考に集中する時間が自然と生まれます。この仕組みは非常に効果的でした。
お二人は、赴任後すぐにデンマークの働き方になじめましたか?
小坂最初の半年ほどは戸惑いましたね。明るいうちに帰ることに慣れていなかったので、「本当に帰っていいのかな」とソワソワしていました(笑)。
加藤私も同じですね。時間だけでなく、人間関係の距離感にも最初は戸惑いました。退勤後は家族や友人との時間を優先するため、職場の飲み会は少なめです。日本の職場に慣れているとドライに感じるかもしれませんが、チームで朝食を一緒にとる日など、交流の機会はしっかり用意されています。
小坂「フライデーバー」もそうした取り組みの一つですね。毎週金曜日の15時からは、オフィス内に音楽が流れ、自由な雰囲気で飲食を楽しむ時間になっています。CEOも参加しますし、家族を呼んでもOK。16時頃にはポツポツと帰り始め、17時にはフロアから誰もいなくなります。職場から離れて飲み会や懇親会という形ではなくても、こうした雑談の機会を増やすことで、横連携はもちろん、リソース状況も自然に共有できます。上司もそこで部下の余力を把握し、結果として、仕事の渋滞が起きにくくなります。
加藤ロンドン住商でも、マースク研究所に似たような取り組みが功を奏していると思います。昨年のオフィス改装のタイミングで、ビアサーバーが設置され、毎週木曜日と金曜日の夕方限定で、Canteen(社内食堂)のバータイムが始まります。イギリスのパブ文化の要素を取り入れたこともあり、現地の同僚と雑談する中で横や斜めのつながりが生まれ、新たなビジネス機会創出につながったりと、費用対効果が非常に高いと感じています。
デンマークが教えてくれた「人生の質」を高めるということ
デンマークでの駐在経験を通して、お二人の働き方はどのように変化したでしょうか。
加藤最も衝撃を受けたのは、デンマークの人々が「Quality of Life」を何よりも重視していることです。日本では「ワークライフバランス」という言葉がよく使われますが、デンマークでは仕事と生活を対等なものとして捉えるのではなく、人生の質を高めるために仕事や生活があると考えています。家族や友人との時間をしっかり確保することで心に余裕が生まれ、その結果、仕事の質も高まる。そうした好循環を、個人だけでなく組織全体が理解し、尊重していると感じました。
小坂「仕事は幸福のための手段である」という価値観が、個人レベルではなく社会全体に浸透していますよね。私自身、娘が生まれたこともあり「成果を出しながらどう家族との時間を確保するか」を、以前より深く考えるようになりました。何を優先すべきなのかを考えた結果の選択が、自分の幸福度に直結してくると実感しています。
加藤私も、デンマークでは家族と過ごす時間が大きく増えました。夕食を一緒にとり、子供たちとお風呂に入り、寝る前に本を読む。そんな日常を当たり前に持てるようになり「家族あっての人生であり、仕事なのだ」と改めて感じましたね。また、16時以降に時間があるので、週に3〜4回はランニングやフットサルなどで体を動かしていました。運動がリフレッシュにつながり、結果的に仕事の能率も上がっていたと思います。
小坂確かに、日常的に体を動かす人が多いですよね。自転車やランニングが生活に溶け込んでいて、平日は友人と運動、週末は家族との時間、というリズムが自然にできている印象でした。
加藤「何もしない時間」を大切にしている点も印象的です。家でコーヒーを飲みながら、ただゆっくり過ごす。その余白が、結果的にクリエイティビティや新しい発想につながるのだと思います。
デンマークの働き方を取り入れる際には、どのような意識や心がけが大切だと思いますか。
小坂日本とデンマークでは、国の規模や雇用制度、価値観が大きく異なります。どちらが正しいという話ではなく、デンマークのやり方をそのままコピーすることも現実的ではありません。大切なのは、日本の働き方の良い部分を生かしながら、デンマークの考え方を取り入れる、「ハイブリッドな視点」を持つことだと思います。
実際、住友商事でもこうした考え方は徐々に取り入れられています。職務プロファイルに基づく人材配置、エキスパート職群の設定などはその一例です。会議設定や資料作成の省力化に関するルールづくりも進められており、効率化に向けた前向きな動きだと捉えています。
加藤私が駐在しているロンドンは、デンマークの時と比べると、どうしても「家族」や「健康」の優先度が低くなりがちだと感じています。それでも、「ウィークデーの朝にランニングしようよ」と声をかければ多くの人が集まってくれたり、仕事の合間にジムに行く人も出てきたりと、変化の兆しも少しずつ生まれています。
もちろん、組織の文化を変えるにはトップダウンによる後押しや仕組みそのものの変化が欠かせませんが、こうした小さなきっかけをつくっていくことで、「自分の時間をどう使うか」といった意識が芽生え、日々の働き方やアウトプットが変わり、結果的に人生の質がより高まっていくのではないでしょうか。