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2026.1.9
Business
「出向」が育む現場意識と事業創造力。ヘルスケアSBUの人材育成サイクル
住友商事(以下、住商)は、1993年に調剤併設型薬局「住商リテイルストアーズ」(現・トモズ)を設立し、ドラッグストア事業に参入しました。その後、M&Aを通じて事業を拡大し、現在はグループ全体で薬局を含めて450店舗を展開しています。同事業が属するヘルスケアSBUでは、「出向」を単なる配置転換ではなく「事業会社経営を担える人材を育てる実践の場」と位置づけ、多くの社員が国内外の現場で経験を重ねてきました。そんなヘルスケアSBUにおける人材育成の取り組みと、現場で奮闘する社員の姿に迫ります。
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住友商事
ヘルスケアSBU長長谷川 博史
国内外のヘルスケア事業を主導。全体戦略の立案や、資金・人材をはじめとした各種リソースの確保、住友商事が担うプロジェクトの取りまとめ、買収やヘルステック企業への投資および合同プロジェクトの進行などに携わる。初代ヘルスケア事業部長を経て25年4月より現職。
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住友商事 国内ヘルスケアユニット ユニット長代理
株式会社トモズ 営業推進部 チームリーダー多田 昇平
2012年入社後、糖質・飲料原料部※1で原料糖トレードや砂糖の国内販売を担当。18年からはバンコクの製糖会社に出向し、異国の製造現場を体感。帰任後、約5カ月の育児休職や青果事業部※2での主管業務等を経て、22年10月にヘルスケア事業部(現 国内ヘルスケアユニット)へ異動。調剤薬局グループのPMIなどを担当し、24年7月よりトモズに出向。
※1・2 いずれも在籍当時の部署名を記載しています。
現場を知らずに価値は生みだせない。ヘルスケアSBUが「出向」を重視する理由
ヘルスケアSBUが現在展開している事業や、在籍する社員数について教えてください。
長谷川 国内では、ドラッグストアのトモズや調剤薬局の住商ファーマシーズグループ、デジタルヘルス系スタートアップへの投資を含む各種事業のほか、医療人材派遣事業なども展開しています。海外では、マレーシアやベトナムでのマネージドケア事業やクリニック事業、米国での慢性疾患患者向けの在宅サービスなど、多岐にわたる事業を行っています。SBU本体に在籍する社員は80名超。住商の他部署出身者に加え、金融やコンサル、メーカーから転じた人材も多くおり、全社でもっとも多様な人材が集まる組織と言っても過言ではありません。
ヘルスケアSBUに配属された社員はどのようなキャリアを歩いていくのでしょうか?
長谷川 新入社員は、まず株主の立場で事業会社を支援します。国内ではトモズや調剤薬局、海外ではクリニックなどの経営陣と協働し、経営資源の最適化を学びます。その後、事業会社に出向し、現場で顧客サービスや業務改善に取り組んでもらいます。株主視点と現場視点を往復するなかで「学び→実践→課題発見→再構想」という成長サイクルを繰り返し、最終的には自ら事業を構想・実行できる人材へと育っていくことを目指しています。
ヘルスケアSBUでは、なぜ事業会社への出向を重視しているのでしょうか?
長谷川 頭だけでなく体で感じる。森だけでなく木を見る。帳簿やお金の動きだけでなく人を通じた経験に身を浸す。現場を知らずに投資しても、本当の価値は生み出せません。現場の仲間と共に苦労を分かち合うことで、経済的価値と社会的価値を両立させる力が身につきます。実際、国内の調剤薬局で学んだノウハウをマレーシアのクリニック事業に応用したり、海外で得た課題意識を起点に国内で医療人材派遣事業への出資を通じた基盤拡大を実現するなど、出向経験が新事業の創出につながる例も多く見られますね。
出向経験を通じて大きく飛躍した社員の事例を教えてください。
長谷川 事業会社への出向経験を糧に、事業開発者として大きく成長した2人のケースをご紹介します。
1人は、入社後本社でドラッグストアトモズの主管業務を担い、2年目に店舗にて半年間現場研修を受けました。その後、国内の大型調剤薬局買収案件にプロジェクトメンバーとして参画。買収後の統合業務をリードし、事業会社の機関設計・体制整備に注力することに。6年目には、出資先であるオンライン診療を行うスタートアップ企業に2年間出向し、自治体や製薬企業などとのプロジェクトマネジメントを経験。立ち上げメンバーとして、医療従事者、公務員、製薬企業といった異業種の方々に、自社の有するデジタルプラットホームへの参画を最短で実現し、成功を収めました。こうした経験を生かし、現在は海外ヘルスケアユニットにて、事業会社が行うクリニックの買収案件を資金調達や増資といったファイナンス面で支援しつつ、株主の立場でDX化をサポートしています。
もう1人は、入社後、コーポレート部署にてリスクマネジメント関連業務や経営企画などを担当した後、海外ヘルスケアユニットへ異動。ヘルスケア関連の事業開発を担い、当社として初となる、マレーシアのヘルスケア事業者の買収を担当しました。買収後はCSO(Chief Strategy Officer)として事業会社へ出向し、現場のデータに基づいた戦略立案からマーケティング・営業まで一貫して手がけ、取引金額を4倍、顧客数を2倍に成長させました。さらに、現地主導で複数のデジタル関連スタートアップへの投資も行い、事業会社のDX推進をリード。帰任後は、海外ヘルスケアユニット長として海外ヘルスケア全体を指揮し、活躍の場を広げています。
こうしたケースは「現場で結果を出せる人材が、次の事業を創る人材になる」というSBUの育成サイクルを体現しています。
出向者は、出向先の事業会社で、主にどのような役割・ポジションを担うのでしょうか?
長谷川 ポジションはCEOやCFOといった経営層からお店での販売員までさまざまですが、最初に求められるのは「現場の仲間として成果を出すこと」です。そこから経営に携わる段階では、利益を上げる力や資金のリターンを測る力が問われます。例えば、デジタル戦略で店舗をどう変えるか、KPIをどう設定し改善するか。すべては「顧客にどう価値を届け、対価を得られたか」に集約されます。そして最終的に、本社に戻ってから出向で得た知見を新しい事業に還元することが、出向成功の証しと考えています。現在、ヘルスケアSBUに在籍する社員の約4割が国内外へ出向していますが、半年から複数年まで幅広い期間の中で、M&A後の統合業務を担うケースも多く、「経営資源を預かる責任感」を肌で知る機会にもなっています。
SBUのメンバーには、出向経験を通じてどのような人材になってほしいと考えますか。
長谷川 映画で例えるなら、出向先での価値創造は「監督」の役割、本社での方向性づくりは「プロデューサー」の役割です。SBUの社員には、監督とプロデューサーを2〜3セット経験してもらったうえで、新しい事業を創造できる「事業開発者」へと成長してほしいと考えています。現場で作品をつくり、株主として支え、そのサイクルを繰り返すことで、未来を切り開く力が磨かれていくと信じています。
出向先で得た視点を生かし、次なる事業をデザインできる人材へ
多田さんは、2024年7月にトモズに出向されたそうですね。現在のポジションや業務内容について教えてください。
多田 営業推進部のチームリーダーとして、販促やマーケティング、店舗支援等の戦略立案・実行に携わるほか、特命事項として全社横断型のトモズDXプロジェクトの2つのプロジェクトにおいてプロジェクトマネジャー(PM)を務めています。
役割は大きく3つあり、1つ目は、トモズとサミットのポイントプログラム統合プロジェクトにおいて、トモズ側のPMを務めることです。2つ目は、オンラインショップやクイックコマースなどデジタルチャンネルの高度化に向けた「ラストワンマイル」 プロジェクトのPMです。処方箋薬をロッカーで受け取れる仕組みづくりなど、利便性向上に取り組んでいます。そして3つ目は、調剤薬局事業をはじめとする住商グループ会社とトモズの橋渡し役として、グループ全体のバリューアップにトモズ目線で貢献することです。
トモズへの出向を通じて、どのような経験を積んでいると感じますか。
多田 最大の学びは、「徹底した消費者目線」を身につけられることです。例えば、ポイントプログラムの仕様検討では、社内外の関係者と議論を重ねながら店舗オペレーションや従業員・お客さまへの案内方法を構築します。その内容を店舗に落とし込み、フィードバックをもらうことで、お客さまの行動や考えを肌で感じられます。また、店舗とオンラインの行動データ分析では、翌日にはお客さまのリアクションが数字で返ってくる。このスピード感は、現場ならではの醍醐味(だいごみ)です。
さらに、「効率化と遊び心の両立」という小売りの本質にも気づかされました。無駄を省くだけでは「心を動かす店」を作ることはできません。チェーンオペレーションを最適化していくと同時に、お客さまにとって必要な商品を提供し、楽しんでもらうための遊び心も忘れない。こうした経営バランスこそ、マネジメントに欠かせない視点だと学びました。
その他、過去担当した事業会社の主管業務と照らし合わせながら「報告・管理業務」と「企業価値を高めるための業務」のバランスを考える機会も増えました。住商と事業会社の戦略・管理機能には重なりも多く、密に連携をとり役割分担がより明確になると、さらにWin-Winな関係を構築できると感じています。
トモズに出向したことで、多田さん自身の働き方や意識に変化はありましたか?
多田 何よりも、日々「お客さま」を意識して仕事に取り組むようになりました。予期せぬ出来事に店舗スタッフが迅速に対応する姿を目の当たりにし、小売業をはじめとするエッセンシャルワーカーへの敬意が深まりましたね。出向を通じて得た「消費者目線」は、事業戦略を描くうえで欠かせません。いつか本社に戻った後も、「消費者の声を軸に発想する文化」をSBU全体に広げたいと思っています。ヘルスケア事業は医療・小売り・デジタルが交わる領域。だからこそ、現場で得た感覚を持つ人材が、次の事業をデザインするエンジンになると感じています。
出向先での経験を、今後のキャリアにどう生かしていきたいですか?
多田 「すべてのビジネスの先には消費者がいる」という意識を持ち続けたいと思っています。住商には、BtoC事業は多くありませんが、ライフスタイルグループの一員として「消費者目線を当たり前に語れる会社」にしていきたい。これまで培ってきた知識やスキルを最大限に生かせる環境で、自分にしかできない仕事を追求していきたいです。
若手こそ出向で挑戦を。ヘルスケアSBUが描く、事業と人材育成の展望
現状のヘルスケアSBUにおける課題と今後の展望について、教えてください。
長谷川 トモズは1993年の設立以降、住商からの出向と主管復帰を繰り返す理想的な人材循環を築いてきました。一方で、ヘルスケア事業部立ち上げ期の2019年以降に参画した他の事業は、当社グループ参画後長くても6年と日が浅く、同じサイクルをこれから確立していく段階です。国内外の新規事業においても、プロデューサーシップやディレクターシップを発揮し、事業開発の経験を積むことが求められています。今後ジョインする人材にとっては、挑戦の場が広がっている状況です。
また、ヘルスケアは社会保障制度と密接に関わり、政府の関与が不可欠です。市場経済の機能を生かしながら、各国の公的部門と協力し、より良いサービスを提供していくことが使命だと考えています。人々のQOL向上に寄与しつつ、持続可能な仕組みづくりに貢献していきたいですね。
最後に、若手社員やこれから出向する方に伝えたいことはありますか。
長谷川 小売りやヘルスケアは、消費者や患者に直接向き合うビジネスです。売り上げやサービスの成果が翌日には数値として現れるスピード感があり、そこで工夫し、成果を出す経験は大きな自己成長につながります。現在、SBUの出向者の約3割は若手です。新しい領域では若手ほど自ら考え挑戦する傾向が強く、成長とともに事業そのものも育ちます。全体最適を考えることも必要ですが、まずは一つの課題に集中し、出向先で価値を提供することを目指していただきたいと思います。
多田 まずは自分の強みを生かして「出向先のために何ができるか」を考えてほしいと思います。株主としての視点も大切ですが、一緒に働く人々に価値を提供できなければ意味がありません。そのためには、自分の強みを理解し、何を核に貢献できるかを見極めることが大切です。与えられた役割を完璧に果たせなくても、「できないこと」は棚に上げるくらいのずぶとさがあってもいいかもしれません。たとえ小さな成功体験でも、会社のために「これだけはやり切った」と自信を持てるものを築くことが、出向経験を価値あるものにしてくれるはずです。