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2026.2.9

Business

線路点検をAIで省力化。住商×鉄道33事業者が挑む、鉄道業界の人手不足

地域社会や都市生活を支える重要な交通インフラである鉄道業界では、労働人口の減少や若年層の採用難により深刻な人手不足が続いています。多くの熟練技術者が退職時期を迎え、現場の業務効率化が喫緊の課題に。そうした状況を受け、住友商事(以下、住商)は東急電鉄をはじめとする33社の鉄道事業者とコンソーシアムをつくり、AIを活用して線路の巡視業務を省力化するソリューションを開発しています。業界初の試みとなる大規模なコンソーシアムを組成した理由は? 開発の過程でつかんだ手応えは? プロジェクトのけん引役である二人のキーパーソンに話を聞きました。

  • 住友商事
    5G SBU ソリューション事業開発チーム長

    山田 晃敬

    2006年から、メーカーで通信キャリア向け移動機端末の無線設計開発に従事。19年より、5G活用を想定した新規事業実現に向けた国内外の実証実験に従事。20年に住友商事に転職し、通信技術を活用した新規事業・サービス開発を担当。

  • 東急電鉄
    鉄道事業本部 技術戦略部 イノベーション推進課 主査

    堀江 宏明

    2007年、東急電鉄に入社。土木技術業務に従事後、事業企画部門で中期経営計画策定、安全戦略部門でBCP施策に従事。保線部門でデータを活用した線路メンテナンスの改革に取り組み、24年10月より、現在の部署でDXと技術開発に取り組んでいる。

鉄道の安全な運行を支える「線路巡視業務」をDX化

まずはこの取り組みが始まったきっかけを教えてください。

東急電鉄・堀江 数年来、鉄道業界では、人手不足を抱えながらインフラの老朽化や多発する災害にも対応し、安全運行を継続していくために、DXによる業務効率化と経営基盤の強化を模索してきました。東急電鉄でも、これまで人が行ってきた鉄道保守業務を高度化・省力化する取り組みとして、AIによる画像解析を独自に進めていました。

山田 東急電鉄と住商の出会いは、東急電鉄の親会社である東急と住商が5G関連事業を展開していたことがきっかけです。そのご縁から、東急電鉄が進めていたAIによる画像解析とわれわれの5G事業の知見を掛け合わせて、線路巡視業務を効率化できないかという話へと進展していきました。

線路巡視とはどのような業務ですか。

東急電鉄・堀江 線路の安全性を確保するために、線路全体の状況を目視で点検する作業です。路線にもよりますが、週に一度〜毎日、保守員が線路を歩いたり列車に添乗して確認しています。この業務は目視での異常確認に加え、列車に乗って揺れを体で感じたり、耳で異常な音を聞き分けたりと、五感をフルに活用して行う、まさにベテラン保守員の腕が問われる領域。日々の鉄道の安全な運行は、彼らによって支えられています。

山田 そんな重要な業務をAIソリューションでサポートしようというのが、今回の取り組みです。具体的には、運転席横に設置したカメラで線路を撮影し、その映像データを5G通信で転送してAI解析することで、レールの損傷や摩耗、樹木の架線近接、線路上の飛来物、信号機の視認障害などの異常箇所を検知します。東急電鉄には、完成したソリューションを利用するユーザーとしてだけでなく、共同開発者としても関わっていただいています。

東急電鉄・堀江 定量化が難しい線路巡視業務の知見を、いかにしてソリューションに落とし込むか。それが、ソリューションを現場適合させるにあたっての最大の鍵となります。東急電鉄自らが「使い手でありつくり手」という立ち位置を取ることが、実現の近道になる。そう考えました。

33社が共創! 業界横断の課題に取り組む、チャレンジングな試み

その後、二社が中心となってコンソーシアムを組成しました。なぜ、コンソーシアムなのですか?

東急電鉄・堀江 実は安全第一の鉄道業界では、一社が遭遇する異常事例が少なく、AIに学習させるデータが全く足りません。でも複数の鉄道事業者が共創すれば、ある事業者が遭遇した異常事例のデータをAIに学習させ、他の事業者と共有できます。参加する事業者の数が増えるほどAIの精度は上がり、自社がまだ遭遇していない異常も検知できるソリューションへと磨かれていきます。

山田 もう一つ、開発初期の段階から多様な鉄道事業者のニーズを吸い上げられるのも、コンソーシアムの利点です。その結果、都市も地方も、参加するすべての鉄道事業者にとって使い勝手のいいソリューションを実現できる上、AIアプリやクラウド基盤、運用体制を共用することで、「割り勘効果」で開発コストを抑えられます。

コンソーシアムを組成する上で意識したことはありますか?

東急電鉄・堀江 鉄道事業者はこれまで、自前主義の傾向がありました。プロジェクトが始まった当初は、既存の類似の取り組みもある中、新しい共創の取り組みへの参画に足踏みをする事業者も多くいらっしゃいましたね。

山田 「コンソーシアム」「共創」というと聞こえはいいけれど、業界初の大規模な試みなので二の足を踏む方がいたのは当然です。そこで私たちは住商のネットワークを活用し、できる限り多くの鉄道事業者に参加を呼びかけると共に、経営層から現場担当者まで、各層に向けて「コンソーシアムによる共創」の意義とメリットを根気よくご説明して、理解を深めていただきました。

東急電鉄・堀江 これまでおのおのの事業者が自社だけで抱えていた課題感を業界横断で共有できたこと、都市鉄道・地方鉄道問わず「データ」を軸に連携できたことは得がたい収穫です。今回は総務省の実証事業という枠組みを活用し、初期の開発費用がかからなかったことも、事業者が参加しやすい要因でした。この枠組みに早い段階で着目し、多くの事業者を巻き込んでプロジェクトをここまで育て上げたのは、事業構想力と合意形成力にたけた住商だからこそです。

「コスト」と「AIの精度」を両立できるのは、コンソーシアム形式だから

ソリューションの現在の開発状況はいかがですか?

山田 列車の正確な走行位置の取得や、保守員の感覚のデータ化など、開発要素が多岐にわたり、技術難易度も高いため、ここに来るまでさまざまな苦労がありました。これらの難題を乗り越え、現在実用化に向けて運用検証を行って、ユーザビリティの改善をしているところです。線路を撮影するカメラを搭載した車載器は、乗務員が片手で運転席に持ち込める程度にまで軽量化することに成功。ようやく鉄道事業者の皆さまが納得する品質に仕上がりつつあります。

価格を徹底的に抑えた上で豊富なメニューを用意しているため、コストに制約のある鉄道会社には特にお薦めしたいですね。例えば、カメラは高精細な専用機とスマホ、通信は5GとWi-Fi、AIモデルはクラウドとオンプレミス(※1)を用意し、事業者が予算に応じて選択できる仕組みになっています。

改良に改良を重ねた、持ち運び型の車載器(写真右側)。前面に2台のカメラ、走行位置データを取得するためのセンサー、5Gの通信アンテナなど、必要な機能がコンパクトに収められている。モニター上のボタンを押すだけで、ソリューションが稼働

東急電鉄・堀江 コストに加え、「個社ごとにカスタマイズが可能」な点も特長です。運転速度や列車の本数によって線路の劣化スピードは異なるため、線路の状態に異常があるか、修繕が必要かを判断する基準は事業者ごとに違う場合があります。本ソリューションでは、個社ごとの判定基準に合わせる形でAIをさらに成長させる仕組みを目指しているため、運用時にベンダーへの業務委託コストもかかりません。

東急電鉄の当面の目標は、列車に添乗して行っている巡視業務の頻度を、2日に1回から週に1回などに減らすことです。その上で何か問題が起きるとすぐ現地へ向かうのではなく、まずは画像で確認するなどスポット的な調査業務にも、このソリューションを活用したいと考えています。

社会実装まで、あと一歩ですね。ここまでこぎ着けられた理由は何でしょうか?

山田 プロジェクトマネジャーの立場から一つ挙げるなら、開発初期から現在に至るまで「ユーザーファースト」の姿勢を貫き、解決までの伴走を徹底した点ではないでしょうか。アジャイル開発は次々に要件が出てくるため、それらを開発に落とし込むのは簡単ではありません。しかし、どんなに高いハードルでも「できない」とは言わず、「どうすればできるか」を考える姿勢を設計・開発側が貫くことで、コンソーシアムの鉄道事業者との間に「みんなで開発している」という一体感が徐々に育まれ、「こうしてはどうか?」「あれをやってみよう」など自由闊達な意見のやりとりが交わされるようになりました。その結果、「課題が出るほどソリューションが磨かれる」という好循環が生まれたのです。

※1 サーバーやネットワーク機器、ソフトウエアなどを自社内に設置して運用する仕組み。

鉄道・空港・道路……。交通インフラの未来を支える、汎用的なソリューション

今後の計画を教えてください。

東急電鉄・堀江 このソリューションをきっかけにして、鉄道事業者間の連携の重要性や必要性について共通理解が生まれつつあると実感しています。そして、この連携の取り組みは保線業務だけでなく、駅業務や運輸業務など横断的な取り組みにも展開可能です。現在、プロジェクト第二弾として、鉄道車両基地で行っている屋根や床下、列車の外観などの検査をAI画像解析で行い、省力化と危険な作業の削減を目指す「車両基地業務DX」が始動しています。こうして次のステップに進めたのも、住商が数多くの鉄道事業者とコミュニケーションを図り、共通課題を引き出せたからこそです。

山田 住商がフィリピンやイギリスなど海外で展開している鉄道事業へのソリューションの導入も、視野に入れています。さらに、鉄道で培ったこの仕組みを「空港」にも横展開し、滑走路点検や警備用途に活用する計画もあります。既に19の空港と連携し、滑走路の異常を検知するソリューションの開発プロジェクトが進んでいます。

振り返ると今回の取り組みは、単なる技術開発ではなく、社会課題に真摯に向き合いながら新たな事業の芽を育てる戦略的挑戦でした。通信・デジタル・AI技術を駆使したコンソーシアム形式の共創(シェアリング)モデルは、空港・道路・物流など他の領域にも有効です。社会インフラ全般に貢献できる次世代プラットホームに育てるべく、まずは「線路巡視業務DX」の社会実装にまい進していきます。

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