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社長までに経験した修羅場と原点

2026.9.2

※本記事は、NewsPicks連載「日本再興論」に掲載されたインタビュー記事を、転載許諾のもと掲載しています。

コンサルティング大手A.T. カーニーでアジア太平洋代表を務める関灘茂・日本法人会長が、各業界のトップ経営者たちに未来への戦略と持つべき視座について語り尽くす連載「日本再興論」──。
今回は、総合商社・住友商事で代表取締役社長を務める上野真吾氏が登場する。前編では、2024年4月の社長就任と同時にスタートした中期経営計画が掲げる「No.1事業群」という大胆なメッセージについて掘り下げた。後編の今回は、上野氏自身のキャリアをたどりながら、社長に至るまでに経験してきた修羅場、異文化でのマネジメント、価格交渉、事業モデル改革をめぐる生々しい証言と、そこから培われた経営観に迫る。住友商事を率いる経営者は、どのように信頼を得て、組織を動かしてきたのか。変化の時代を生きる現代ビジネスパーソンへのメッセージも聞いた。(後編/全2回)
この対談は2025年12月に実施しました。

【本記事は全2回の後編です】

  • 住友商事株式会社 代表取締役 社長執行役員 CEO

    上野 真吾

    1959年兵庫県生まれ。六甲学院高校を経て、慶應義塾大学商学部を卒業後、1982年に住友商事に入社。以来、油井管やラインパイプなどの鋼管事業に長く携わり、イラン、欧州、米州での駐在も経験。2013年に執行役員に就任後、常務・専務・副社長を経て、2024年4月、代表取締役社長執行役員CEOに就任。社長交代は6年ぶりだった。66歳。

信頼を「胆力で」勝ち取った

20代の経験で、一番記憶に残る学びは何でしょうか。

私は入社してすぐ、オイル・ガス向けの鋼管輸出を担当しました。若手である私は、あまり相手にしてもらえていなかった取引先に対し、臆せず踏み込んではたたきのめされて帰る日々を繰り返していました。転機となったのは、取引先の責任者から、クライアント向けに作ったそのメーカーの商品資料が「間違っている」と電話で強く指摘を受けた時です。かなり厳しく言われ、一度は引きました。しかし、何回その資料を見ても自分が正しい。迷いましたが、夜遅くにもう一度責任者へ電話して「私の方が合っています」と伝えました。そうするとまた怒鳴られて電話を切られたのですが、5分後に「ごめん、お前が合っていた」と折り返しが来ました。

もし、あの時電話していなければ、誤った資料がそのままクライアントに届き、取り返しがつかなくなるところでした。その瞬間から、関係が変わりました。「正しいことはちゃんと言うやつだ」と信頼を得て、一目置いてもらえるようになったのです。相手がどれだけ圧倒的に立場が上でも、「これは大事だ」と思うなら、萎縮して自分の考えを押し殺さない。間違っているものは「間違っている」と言い切る。事なかれ主義では守れない局面がある。正しさを貫く胆力が、結果的に相手の信頼を勝ち取る。これが20代の一番の学びでした。

30代で学んだ「相手の思考理解」

30代はどうでしたか?

30代では重要なことを2つ学びました。1つ目は、相手の思考プロセスを理解する姿勢です。きっかけは、30代前半にイランのテヘランに駐在したことでした。現地では、鋼管ビジネスの責任者は私一人。部下は全員年上のベテランのイラン人という状況でした。若い私にとって、部下マネジメントは簡単ではありませんでした。ただ、振り返れば、あの環境が私を鍛えてくれました。部下は、私より長くそのビジネスをやってきたベテランでプライドも高い。こちらの常識では「それは違う」と感じる考えが出てくることも、正直ありました。それによって、案件が前に進まなかったり、機会を逃しかけたりする場面もあったのも事実です。しかし、私は、そこで「間違っている」と切り捨てず、まずは「どういう考え方でそうしたのか」を徹底的に聞き、語り合いました。なぜなら、相手を動かすには、まず「なぜそう考えたのか」を理解する必要があるからです。日本の常識が相手の非常識になることもある。その逆もある。ならば、自分のやり方も柔軟に変える必要がある。30代でそう思い知らされました。

象徴的だったのは、LC(信用状)をめぐる出来事でした。注文が入ってもLCが発行されなければ代金支払いの確約がなく、メーカーに製造を発注できません。つまり言い換えればLCの発行は、取引が実質的に成立したことを意味しました。

(Photo: iStock / Getty Images Plus)

ある時、注文書は大量に送られてくるのにLCが出てこないことがありました。私は先方の担当者に、「LCがないと生産に入れない。生産が始まらなければ、欲しいタイミングで商品が来なくなる」と、いわば常識の考え方で当たり前のアプローチを繰り返していました。するとそれを見ていた部下が、「それでは相手は動かない」と言いました。続けて、「担当者を飛ばして、銀行でLC申請状況を確認した方がいい」と言ってきたのです。私は、そんなことを部外者の私に銀行が教えてくれるのか、担当者の顔をつぶし失礼になるのではないか。そう感じ、正直に言うと抵抗もありました。でも、このままでは何も動かない。彼の意見を聞いてみることにしました。

実際に、銀行に確認すると、そもそも申請が出ていないことがわかりました。しかし、先方の担当者は「銀行に申請した」と言うのです。それならば、どこで止まっているのかを確認しながら追っていくと、申請書類を出す係で停滞していたことがわかりました。日本ならその担当者が全プロセスを追うのが普通ですが、現地は違いました。一つずつ追い、打ち手を変える必要があったのです。私は遠回りをしていたと気づきました。結局、正しさをぶつけるだけでは動かない。相手の思考プロセスと意思決定の流れを解像度高くつかみ、打ち手を変える。その方が、結果的に物事を前に進める近道だと学びました。20代の学びが「言うべきことは言い切る」だったとすれば、30代前半は「相手を理解してどう動かすか」ということ。どちらも相手の信頼を勝ち取るための作法でした。

価格交渉でたたき込まれた教訓

30代で学んだ重要なことの「2つ目」は何だったのでしょうか。

2つ目は、イランからの帰国後の価格交渉でたたき込まれた「Win-Win」の意味です。オーストラリアのオイルメジャー向けのパイプ価格交渉で、長期契約の途中に「35%の値上げ」を通さなければならない局面がありました。価格交渉というと5%程度の範囲内での攻防が通常です。メーカーから値上げの話が来た時点で、正直「たぶん契約はなくなる」と思いました。現地に渡り、1週間毎日、なぜそのような大きな値上げが必要なのかを説明し続けました。が、反応は門前払いに近かった。35%が、10%や15%に落ちるなら話は聞く。でも35%のままなら帰れ。そのような状況で、日本からの指示でいったん帰国した際、「やっぱりできなかったね」と言われました。ただ、やらなければいけない。どうしても値上げが必要だ。そう腹を決め、私は「もう一度行かせてください」と食い下がりました。1週間後に再渡航し、条件は変えずに、今度はいろいろな角度から説明をし直しました。なぜ35%なのか、何が起きていて、なぜ避けられないのか。そうした話を、何日も重ねました。

(Photo: 時事)

そして最後に、相手は、その35%の値上げすべてを受け入れました。そのとき、向こうの責任者が、こう言ったのです。あなたの会社のサービスと鋼管がどうしても必要だった。これだけ価格が上がれば当然痛い。だが、それでも必要なものだから今回は買う。そして、「売買は本当にWin-Winでなければダメなのだ」と言われました。

続けて、こう言われました。今回は、あなたたちは値上げを勝ち取ったかもしれない。こちらは大きな支出を覚悟しなければならない。でも、欲しいものを作れるのは多分あなたたちだけだ。ローカルサービスも含めて、あなたたちがいないと困る。 だから、他のサプライヤーに替えるのではなくて、住友商事を選んで良かった。それがWin-Winだった。そう言われて、私も思わず涙が出ました。相手の言葉から、価格交渉の本質は一時的な条件の優劣ではなく、長期的な関係の価値にあると、改めて認識しました。

そして最後に、こういう言葉ももらいました。この言葉を忘れないで。君はまだ若いかもしれないけど、人生は長い。そういう関係を築くことはすごく大事なことです。こちらが勝ったという話ではありません。相手が「必要だから買う」と腹をくくり、そのうえで「関係としてWin-Winにし続けろ」とくぎを刺した。優位性におごらず、相手の納得の上にしか合意は積み上がらない。この経験で「Win-Win」はきれいごとではなく、仕事の現場で守り抜くべき規律だとたたき込まれました。

40代で進めた「覚悟の改革」

20代・30代で培った相手の信頼を得る力は、40代以降の仕事にどのように作用したのでしょうか。

40代だった2000年代、ロンドンに8年駐在しました。私は鋼管を「買って売る」というビジネススタイルの限界に直面しました。ある顧客から言われたのが、こういう言葉でした。私たちオイルカンパニーの仕事は、掘削して石油・ガスを生産し、それを運ぶことだ。鋼管の在庫管理まで抱え込む状態から解放してほしい。つまり、顧客は在庫を持ちたくない。メーカーも在庫を抱えたくない。ならば商社が在庫と加工、ローカルサービスを引き受け、ジャスト・イン・タイム(Just In Time)で供給する。私は、ここに囲い込みのチャンスがあると思いました。変化をチャンスと捉え、覚悟を定めてモデル転換を推し進めました。

40代は、その覚悟が問われた時期でもあります。在庫ヤードの横に加工拠点を作り、資機材をまとめて供給し、余ったものを回収しました。1999年に赴任した時はゼロだったモデルを、2008年に帰る頃には、長期契約の大半をそのスタイルに入れ替えました。もちろん社内では「なぜ在庫アセットを積むのか」という反対の声もありました。だからこそ、資産を抱えるなら「それに見合う収益」を取り切る必要がある、資産効率のためにはサービスフィー(手数料)が必要だと、顧客にも徹底的に説明しました。

実際にやってみると、難所はいくつもありました。例えば需要予測です。在庫が多すぎると資産効率が落ちますし、少なすぎると欠品のリスクがあります。顧客からのヒアリング等により、いつどの程度の商品が必要かを予測するのですが、顧客は余裕を持った数量を伝えてきますし、客先からの発注は予定よりも遅れがちです。適正な在庫水準とするため、どの程度仕入れるか、トライ・アンド・エラーを繰り返し、予測の精度を高める必要がありました。

新しいビジネスモデルを実現するような変革は、構想だけでは進みません。やるという覚悟を決めて、加工や物流のために人を雇い、オペレーションをスムーズに回せるところまで実行して初めて、実現と言えるのだと思いました。

2026年2月に発表した住友商事のブランドコンセプトのビジュアル。「信頼」や「構想」などを表現している(Image: 住友商事提供)

チャンスをつかむ「50代の決断」

20〜40代で積み上げたものが、50代で「次の一手」につながったターニングポイントはありましたか。

2010年からは米国のヒューストンへ赴任し、それまでと同様に鋼管のビジネスを管轄していました。その駐在が終わるころ、東京から当時の鉄鋼部門の上司が現地まで来て、「これまでとは違う分野で本部長をやってみないか」と打診されました。エネルギー本部長のポストです。ここが大きなターニングポイントだったと思います。私は「やります」と即答しました。

畑違いの本部長のポストの提案をなぜ即答できたのですか。

鋼管の仕事を30年やって、自分自身が今後どのように成長していくか、イメージが薄れていたかもしれない。今回の打診は組織を率いる者としての経験の幅を広げていくチャンスではないかと思ったのです。ヒューストンの拠点には化学品、不動産、電力、エネルギーなど多様な組織があり、会話するたびにビジネスモデルが違っていることに驚かされました。このまま同じ領域で会社人生を終えていいのかと悶々としていた時に、その話が来たのです。日本に帰国し、そのポストに就いたときは苦闘の始まりでしたが、会社経営を担っていく上で必要な経験だったと思います。結果的にあの時、このポストの打診を断るという選択をしていたら、絶対に私は今社長になっていなかった。そう確信しています。

2023年12月22日に実施された社長交代記者会見で(Photo: 時事)

畑違いの領域で本部長を担い、決して平坦ではない新たなフィールドだったと思います。そこで、一番記憶に残っている出来事は何でしたか。

2014年、エネルギー事業において大きな損失を出すこととなりました。あの時、私の頭にあったのは、ただ一つです。この組織を立て直さなければならない。そのとき、組織の若手が自律的に集まり、これからどのようにしていくべきか提案をしてくれました。そのメンバーとこのような事態がなぜ起きたのか、どうすれば繰り返さないかを徹底的に議論しました。そういった取り組みの中で、「ダメ出し」ではなく、今日からやるべき行動に落とし込むための「マインドセット」を募集しました。「資料は共有する」「相手の話をよく聞く」「論破をしない」などごく当たり前の内容でもよかったのです。そうして集められたマインドセットを、「30のマインドセット」としてまとめ「毎日一つずつ実践していこう」と取り組みました。これだけの効果ではありませんが、本部のみなさんの顔が少しずつ明るくなっていったのがわかりました。一人一人のマインドを変えていかなければ、組織は変わらないと実感した経験です。

変化の時代を生きる人へ

変化の時代を生きる現代ビジネスパーソンに、いま伝えたいことは?

ついこの前、私は母校で中学生、高校生の方たちを前に話をする機会がありました。住友商事はCSRの一環として「教育」にも力を入れていて、実際に学校に行って授業をする取り組みをしています。自分の当時とは違い、今は高校生でも将来何になりたいかが明確な人が多く驚きました。

どうすれば社長になれますか?こう聞かれることもありました。でも私は逆のことを言いました。「どうなったらそうなれるか」を聞くより、いま必要なのは、すべての物事に好奇心を持つことです。それはなぜか。社長や経営陣に「昔から今のポジションになれると思っていたか」と聞くと、8割ぐらいの人は「思っていなかった。違うものを目指していた」と答えるのだそうです。若いうちにこれだと決め切ると、かえって挫折が起きることもあります。だから変わっていい。ただ、目の前にぶら下がってきた事象はチャンスになり得る。好奇心を持てば調べたくなり、学びたくなり、結果としてチャンスをつかめる。思い通りにならなくても、それは「挫折ではなく進化」だと思ってほしいのです。

2026年4月の入社式では、スピードスケート元日本代表の高木美帆さん(前列中央右)が登壇した(Photo: 時事)

20代・30代に伝えたいこと

すでに社会人になった20代の人へのアドバイスは。

20代は、不安があって当たり前の時期です。社会に出ると、誰しもが「自分はどこまで社会で通用するのだろう」と悩む時期があるでしょう。名だたる先輩方や経験のある人たちが周りにいて、なおさらそう感じるかもしれません。でも、みなさんにはみなさんの強みがあるのです。例えば今の20代はAIネイティブで、AIリテラシーがあると思います。もし自分の強みがそこにあるなら、それを生かしていけばいい。それが結果として、会社にとっての強い力になっていくのです。だから、おじけづかないで、「通用するかどうかわからんけど挑戦しよう」という気持ちだけは忘れないで、まず一歩踏み出してほしい。通用しなくたっていい。あなたたちが持っている強みがある。その強みを使って、チャレンジし続けてほしいのです。

30代のビジネスパーソンが身につけるべき力とはどのようなものであるとお考えでしょうか。

30代は、今が変革の時代だからこそ「事業構想力」を磨いてほしいと思います。構想というのは、たいていの場合、妄想から始まるものです。最初は妄想でよいのです。そこから「どういうビジネスモデルを組み立てたら、ひょっとしたらものすごく大きなビジネスになって、変革できるぞ」という構想に磨き上げていく。そして、構想したら終わりではなく、構想したものを実践する力まで持っていく。仕事がわかってきたからこそ、「このビジネスはこう変えられる」という視点を持てる。そこから先は、実践する力です。「構想力」と「実践力」。この二つを30代で鍛えてほしいと思います。

40代・50代に伝えたいこと

40代・50代はいかがですか?

40代は、「経営人材」になることを意識しながら「人間力」を磨いてほしいです。「人間力」は幅が広いのですが、私は人を引きつける力だと思っています。この人と一緒に仕事をしたい、この人の言う通りやってみよう、と思ってもらえる人になることだと思います。その土台は誠実さももちろんありますが、その上で重要なのが「語り込む力」と「聞く力」です。一生懸命語り込みながら相手の心の奥底に触れていく。そして相手の言うことをとことん聞いて、「この人は何を考えているのか」を理解した上で会話する。これができると、社内でも社外でも、物事を動かす力が一段上に上がっていくと思います。

50代は、物事を俯瞰して見通す力をつけてほしいです。一つの事象だけを見るのではなく、「この事象が持つ意味は何か」「会社はどうなっていくのか」「業界はどう動くのか」を見ながら戦略を打っていく。その上で、リーダーとして差配する力が必要になります。「仕事にも旬」がある。旬を逃したらダメです。仕事は出てきた順番にやるのではなく、いま手元にある仕事と新しく出てきた仕事を比べて、旬だと思う方を先にやる。そうやって優先順位を付けられるリーダーになってほしいと思います。

インタビュー後記「関灘VIEW」

A.T. カーニー アジア太平洋代表の関灘茂・日本法人会長

上野社長には予定していた時間を上回るお時間を頂き、多岐にわたる気づきや学びが得られるエピソードやメッセージをうかがうことができました。 インタビューノートを見返しながら、「①変革を加速するNo.1という言葉」「②危機こそ組織文化の更新・行動変革の機会」「③好奇心と逃げない姿勢」という言葉が浮かんできました。

① 変革を加速するNo.1という言葉

上野社長の語る「No.1」は、単なる順位や規模の競争ではなく、自らの強みを再定義し、具体的なKPIや行動、その時間軸も明らかにする「考動」を促す言葉であると理解しました。No.1になる事業領域、重点セグメント、独自の提供価値、成否を測る指標、実現するまでの時間軸などを問い続ける。その思考と対話の積み重ねによって、組織の一人一人の視線を前に向け、「No.1」をスローガンで終わらせず、変革を加速する言葉にされているのだと感じました。

② 危機こそ組織文化・行動変革の機会

大規模な減損、そして「このエネルギー本部をつぶしてはいけない」という決意、その後にリーダーとしてどのような行動を取るべきか。原因を個人に帰すのではなく、組織内メンバーの行動レベルの「マインドセット」に落とし込み、日々の実践へとつなげられた点が印象的でした。また、危機こそ組織文化の更新・行動変革の好機でもあると捉えて、成長に向けた構造を築かれたのだと感じました。

③ 好奇心と逃げない姿勢

若き日の胆力ある一言、異文化の中で相手の思考を理解する姿勢、畑違いのポストへの即答、いずれも根底にあるのは、目の前の課題から逃げない態度と、未知に踏み出す好奇心であると感じました。キャリアは計画通りに進むものではなく、遭遇した困難や機会にどう向き合うかで形作られる。その積み重ねが信頼と成長を生む。その結果として社長に抜擢される。そして好奇心と逃げない姿勢に磨きがかかる。その姿勢が組織全体に浸透していくものと理解しました。構造改革を経て成長ステージへと踏み出し、それぞれの現場で「No.1」を体現し、好奇心と逃げない姿勢で一つ一つの事象に向き合い、組織文化の更新と行動変革を続ける住友商事から今後も目が離せません。

聞き手:関灘 茂(A.T. カーニー)
執筆・構成:谷口 健、山崎 孝多朗
デザイン:岩城 ユリエ
写真:佐々木 龍

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